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ひきこもり女子いろいろえっち

20代ひきこもり系非正規女子のつまんないぼやき。とてもダメな人が書いてます。

短くなれー、黄色い棒→追記あります

最近の自分がいろいろ思ってることに関すること、書かれてた記事見つけたー。

 

「ブクマ」が壊すブログの平穏  // 雪見、月見、花見。

 

ブログもそういうものなんじゃないかと、私は思うんです。

 

「アクセス数をアップさせるにはどうしたらいいか」

「ブクマが多くつくにはどうしたらいいか」

「できるだけ多くの人に俺の考えを伝えたい」

そうやって、自身のブログの「集客力」を高めるため、流行りの話題をチョイスしたり、色んなテクニックを駆使したりする、そういうブログもいいでしょう。

例えて言えば、とにかく事業を大きくして、いっぱい儲けたい、そんな大通り沿いの飲食チェーンのような感じでしょうか。

 

でも、

「自分の自然な思いを綴りたい」

「それが通りすがりの人の目に止まって共感してもらえたら嬉しい」

「共感してくれる人と交流したい」

そんな「自然な発信」や「自然な交流」を目指すブログもあっていいはずです。

それは例えるなら、多くの人の来客を求めず、お互いの顔が見えるような関係で地元の人同士でまったりと食事を楽しむ、路地裏の小料理店のような感じです。

 

かもめ食堂」のような自然で平穏なブログを求める気持ち、それはやっぱり尊重すべき価値観だと私は思うのです。

 

ここの部分、なんかすごい共感した。


私は、「はてなブックマーク」のこととは少しずれちゃうんだけど、「アクセス」がブログの平穏壊すなー、って感じてたから。


「見ていーよ」って限定した人だけに見れるSNSじゃなくて、自分の知らない人のいる世界でいろいろ書きたくなった。

それで、こーいうオープンな場所に出てきたけど、こんどはそこは「世界中に発信してる」っていう壮大な場所だった。


「これぐらいでいーのに」っていう中間の世界がないから、選択肢が極端すぎて、自分がどっちにも合わないと、いろいろ悩むー。


はてなはじめて、いちばん楽しかったのは最初の頃の、アクセスがちょっとしかない、ってぐらいの時。

最初は、自分のアクセスもカウントされるのが数字でわかるぐらいで、だからスターがつくと、そのアイコンの人をひとりひとり覚えた。


コメントも数行のがちょこちょこついて、それに私もちょこちょこ返信してた。

よく知らない人たちだけど、コメントのやりとりはすごい気軽な「ちょっとしたおしゃべり」みたいな感覚。

外で、すれ違った人とちょっと挨拶して、

「今日いー天気ですねー」

とか会話する、みたいな(^_^)


私は最初からアクセスが多いブログを目指してなかったし、どーせちょっとの人にしか読まれないと思ってたから、ただの日記みたいなブログ書くのはすっごい気楽だった。


一回目にびっくりするよーなアクセスになった時、でもひとつの記事がとりあげられただけだから、って一過性のものだって思った。

アクセス解析のグラフの黄色い棒がのびると、私は「嬉しい」ってぜんぜん思わなかった。

焦って、その棒が次の日から短くなっていくのが嬉しくなる。


でもあの26万になっちゃった記事書いた時、ほんとに自分がいちばんびっくりして、すっごいすっごい焦った。

たくさんの人に読んでもらいたい、っていう期待をこめて書いた記事って書いたわけじゃなかったから。


あの時、店長さんの記事読んで、私も思ったこと書いてみたー、ってすっごい軽い気持ちだったから、店長さんにリンクもはらなかったし、店長さんにだって私の読まれると思わなかったし。


すごい焦ったのは、はてな以外にすごい拡散されてったから。

私がぜんぜん知らなかったサイトとかに載ってたり、プロの文筆業の人たちから言及されてたり、あの記事の感想のまとめ(ツイッターの?)みたいなのができてたりした。


あれから急に、私は自分に向けられた悪意の言葉もいろいろ目にするよーになった。

どこのだれかもぜんぜん知らないけど、すごい嫌われてる!ってぐらいの言葉もあった。


アクセス稼ぎの釣りとか、そーいう批判もあって、私は「違いますよー」って言い訳したけど、でもそんなことしても、そーいう疑惑は(おじさん疑惑も^ ^)消せるわけじゃないんだ、ってわかったから、今は「なに言われても、それがインターネット」ってこの身で実感した。


ぜんぜん知らない人からすっごいすっごい嫌われる。

その悪意は言葉になって、私の目にも見えちゃうこともある。


はてなはじめたばかりでこんな体験したから、自分に向けられたよくわからない悪意にどーしたらいーのかなー、って悩んだ。


ブログ書くのに、こんなことまで悩まなくちゃいけないのがめんどー、って気分にもなった。

でも、「それがインターネット」ってことなんだと思う。


楽しいことあるけど、そのかわりびっくりするよーなイヤなことも、悲しいことも、ぜんぶぜんぶひっくるめて受け入れなくちゃいけないのが「インターネットで書く」っていうこと。


「目立たないよーに書いてますから、気にいらない人は私を避けて通ってください」

っていう考えは、インターネットで通用しないんだー、って思う。


アクセスが万単位になったら、ブログのコメントも焦るぐらい増えた。
ひとつの記事にいくつもコメントつけてもらった。


すごい長いコメントが多かったから、もらったコメントぜんぶ読むのに時間がかかるよーになった。
いろいろ難しいコメントも多かったから、その意味をちゃんと考えるのに、私の頭ではすごい時間がかかった。

 

最初の頃からもらってたよーな数行の気軽なコメントのほーが少なくなってった。
1行か2行の軽い突っ込みに、私も軽い気持ちで返信つける、っていう「ちょっとした会話」が自分のコメント欄でできなくなった。

 

ヒマな時間に書いたブログに、簡単なコメントついて、それを時間ある時読んで、私も簡単なコメント返す。
そーいう「簡単なやりとり」がぜんぜん楽しめなくなった。

 

「シリアスな短歌のあとにおちゃらけた記事書いて」
っていう批判された時、すっごいびっくりした。
そんな批判のされ方もあるんだー、って。

 

いろんな読み方して、いろんな感想もって、それは読む人の自由。
書く人は、書きたいこと書く自由があるし。

 

その両方の「自由」が、ときどきうまく共存できない空間ができちゃう。

私には、千単位、万単位、のアクセスがあるブログ、っていうのは、「扱いきれないー」って感じちゃってる。

扱いきれないと、もーこんな日記みたいなブログ書いていくのもムリなの?っていろいろ悩む。


コメント欄とじたこと、いろいろ残念って言ってくれる人たちがいた。
私も、いろんなコメントで教わったことが多かったから、ぜんぶのコメントを停止するのはもったいない、って思う。
でもコメント欄ひらくと、もらうコメントの量はもう自分で制限できなくなる。

 

批判がイヤっていうんじゃなくて。
1分で読めて1分で返せる、っていう、軽いおしゃべりのコメントだけください、って言えなくなるから。

 

更新しよーと思ってパソコンつけて、でもコメント読むだけで時間がなくなっちゃった、っていう日ができてきて、
「あーあ、ブログ書けなかった」
っていう思いは、コメントくれた人たちにすっごい失礼だと思って、返信つけきれない罪悪感ばかり強まってって。

 

ブログ書く器じゃなかったー。
って言ったら、やめちゃえよ、ってことなのかもしれないけど。

やめないで書き続けることが、だんだんワガママな気にもなってくる(;_;)

 

それは例えるなら、多くの人の来客を求めず、お互いの顔が見えるような関係で地元の人同士でまったりと食事を楽しむ、路地裏の小料理店のような感じです。

// 「ブクマ」が壊すブログの平穏

 

私もそーいう感じでやりたい!
って思ってたから、この部分、すごい共感した。


コメントがIDで拒否できるよーになった、って知った時、最初からつけなかったのが「はてな」の考え方なんだろーな、って思った。


ブックマークも、いろいろイヤな思いしてる人たちがいるけど、そんな使い方をはてなは望んで作ったサービスじゃないと思うし。


はてなにも匿名で書けるブログがあるの知った時、ちょっとおどろいたけど、それもはてならしいって思った。
私はその匿名ダイアリーで、私に向けた悪意の記事書かれてたけど、はてなはそんな使い方のために匿名ダイアリーを作ったんじゃないと思うから。

 

性善説」かな、って思ったけど、はてなは利用者の知性を信じてる会社なんだと思った。
悪意でも使えるけど、それをどー使うか、利用者の知性に任せますよ、っていう。


だから、最初からコメントの拒否機能をつけてなかったし、ID隠して好きなこと書ける場所や、いろんな記事に記事を書いた人には削除できないコメント書かせるサービス作ったり。

それを、知性のツールに使う人もいれば、悪意の発散に使う人もいる。

 

はてなは頭いい人ばかりじゃないよ、ってコメントで言われたけど、頭がいい悪いじゃなくて、意地が悪い人とそーじゃない人といるなー、っていろいろ感じた。
頭がよくても意地悪い人っているし。

 

はてなブックマークはいろんな人のコメントがぜんぶ並んで見えるから、頭がキレる人とか、視野の広い人や狭い人や、人に優しいことしか言わない人とか、意地悪い人とか、そーいうのもIDつきでいろんな人から比較できちゃう。

 

だから、ブックマークって、つけられた記事のほーに痛手があるって問題だけじゃなくて。

ブックマークつけた人のほーも自分のコメントがいろんな人から評価される。
いろんな人に意地悪いコメントしかつけてないIDって、その人のブックマーク見ると一目瞭然だし。
意地悪いことばかりコメントする人は、いろんな人から「この人のコメントって信用できないねー」って思われるリスク負ってるし。
私は、ここが公平なサービス、って思った。


私のブログは、ブックマークの数とアクセスの数はあまり関係ない気がする。
でも、アクセスがもっともっと減れば、いろんな人が思い出さないブログになってくれるよねー。
そーなると、静かにブログ書いていけるよねー。
って思う。

 

ブログにこんな設定があったらいーなー、って思ったこと。

 

アクセスの上限の設定。
100まで、とか、1000まで、とか、書く人が上限決めて、それ以上のアクセスが来た時、すっごい読み込みが遅くなって、来た人が帰っちゃうのいーなー、って思った。
スマホのパケット(?)の上限みたいなの。


スマホ欲しいってちょっと思ったから、調べてみたら、決まってる上限越えると翌月リセットされるまで通信がすっごい遅くなる仕組みを知った。
それで、ブログもそんなふーに、アクセスの上限越えたら重くなる仕組みだといーのに、って思った。

 

あと、コメントも受け付ける数や、1つのコメントの文字数の設定がブログごと設定できればいーのに。

 

これで少しは、ブログの間口の調整できないかなー、って考えた。
私の頭で考えてみただけで、バカバカしい考えかもしれないけど(^_^)

 

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// 追記 //

 

更新したらちょーどいいタイミングでブックマークのあるコメントみつけた。

 

期待してたけどネタ切れか、っていう。

つまらない記事が続いてる、っていう。

 

自分の考えたこととか、自分の普段の出来事とか、仕事のグチとか、ぜんぜん書けてないけどえっちいなこととか。

テキトーに思いついたこと書きたい、っていうだけのブログだから。

「面白い読み物ですよー」ってねらって、ネタをちゃんと練って書いてるブログじゃないから。

 

飽きたらやめるし、書きたいことあれば書くし、書きたいことなければムリに書かないし。私の毎日なんてすっごいつまんないから「ひきこもりの性格」って、友だちに言われてるし。

 

そんなブログです。

期待なんて、なーんにもしないでください(;_;)

 

読む人のいろいろな要求にこたえれる力なんてないから(こたえよーとするのもめんどーだし)、私は出版のお誘いもぜんぶ断ってます。。。。。