奇蹟の星
ケータイの メール打ってた 指とまる なんの話を したかったんだろう
お母さんとゴハン食べにいった。
お母さんは時間なくて、さっさと食べおわったら、用事で出かけた。
私だけ残って、続きのゴハンと、そのあとでデザート食べてた。
お母さんと食べてる時に、隣のテーブルに私の親よりずっと年上の老人、って感じの夫婦が座った。
お母さんが先に帰ってから、私は村上春樹のおじさんの本を読もーと思って取り出してたけど、隣の老夫婦の会話がすごい気になった。
なんか、つい聞いちゃうよーな話をしてた。
「アンナが、アンナが」
って、おばーちゃんのほーが言ってた。
「あの時代は、アンナは」
とか、
「バッグが赤くてね。ぜんぶの指に指輪しててね」
とか、そんなこと言ってて、そしたら夫のおじーちゃんのほーが、
「そんなとこまで気づかなかった。女は見るところが違うね」
って笑って言ってた。
「マリー・アントワネットもバッグ持ってたのかしら」
って、おばーちゃんが言ってて、夫のおじーちゃんが、
「どうだろーね。あの時代の貴婦人は、いつも侍女を従えてたから自分でなにか手に持ってたのかな」
って答えてた。
なんの話してるんだろー、ってすごい気になった。
ふたりはフツーの田舎の夫婦、って感じだったから。
うちのほーは、これぐらいの年の夫婦でもパチンコに行く話してたりするよーな文化だから。
最初は「アンナ」ってだれか知り合いの女の人の名前なんだと思ったら、急にマリー・アントワネットが出てびっくりした。
それで、おばーちゃんのほーが、アントワネットの家系とか、オーストリア・ハプスブルク家の人たちがフランス語を話す意味とか、そんなこといろいろ話しだした。
「えー、このおばーちゃん(フツーのおばーちゃん、って感じの人なのに)、どーいう人なのー?」
って、ものすごい気になって、私は村上春樹読んでるどころじゃなかった。
それからまた話は「アンナ」に戻った。
「今の女とあの頃の女って、世間の見る目がぜんぜん違うわねー。今の時代、急に変わったと思わない?女って立場が」
って、おばーちゃんがゴハン食べながら話してた。
「そーだね。変わったね。時代がそーなんだね」
って、おじーちゃんも楽しそうに話し相手になってた。
「あの頃はねー、アンナだけ責められたのよねー。ブロンスキーは責められなかったのよねー。今ならブロンスキーもぜったい責められていたと思うのよー」
って、おばーちゃんが言った。
「ブロンスキー」って名前で、「アンナ」が日本人じゃないのがわかった。
ますます、なんの話だろー、って私は村上春樹のおじさん読んでるふりしながら聞き耳たてちゃった。
夫婦で熱心に「アンナ」のことで話し合ってたから。
「アンナってだれ?」ってすごい気になった。
それで、ふたりはしばらく、「なんでブロンスキーは責められなくてアンナだけ責められたのか」って「時代性」についていろいろ、すっごい熱心に話し合ってた。
私もすっごい気になった。
「アンナってだれ?ブロンスキーとなにしたの?」
って。
ふたりの話聞いてたら、アンナは子供もいる主婦で、それでブロンスキーと不倫してるみたいなのがわかってきた。
それで、私もおばーちゃんの意見に同意した。
昔は女だけ貞操の押しつけが厳しかったみたいだけど、今なら不倫した女だけ責められないで、不倫相手の男も慰謝料とか請求されるし、世間に責められると思うし。
でも、おばーちゃんとアンナの関係がぜんぜんわかんなかった。
おばーちゃんは色白で、けっこう上品な顔立ちしてたから、アンナとブロンスキーって外国人と親戚なのかなー、って思った。
そしたら、
「でも、アンナも可哀相よねー。アンナだけじゃなくて、昔のあっちの高貴な女はどんなに若くて美人でも、ヒヒジジイと結婚させられちゃうんだものねー」
って、おばーちゃんがしんみり同情してた。
「そーだね。昔は、若い女は美人なほど金や地位のある年寄りに嫁がされてたからね。それで若い男は、そーいう人妻に手を出すか、自分が権力手にするまでガマンするしかなかったからね。でもそれができる頃は男もまた年寄りになってるから、若いものどーしで一緒になれない時代だったんだね」
って、おじーちゃんも答えた。
ふたりとも、すごい「アンナ」に同情してた。
おじーちゃんも、男なのに、不倫したらしい「アンナ」の味方みたいなこと言ってた。
この老夫婦とアンナの関係がすっごいすっごい気になって、私は春樹のおじさんの本開いたまま、ずーっと聞き耳たててた。
でも、「アンナ」だけじゃなく「ブロンスキー」って名前が出てきたから、ロシアの話かなー、って思った。
アンナの話に混じって、時々、フランス語の話に飛んでた。
この前、オリンピックの総会でスピーチした高円宮妃久子さまのフランス語の発音についても、いろいろ話してた。
だから、この老夫婦ふたりはフランス語ができるんだってわかった。
ヨーロッパで英語じゃなくフランス語が話せる意味、ってことでいろいろ話してた。
フランス語ができて、ロシアのだれかの不倫の話で一緒に悩んでるこの老夫婦って、いったいどーいう人なのー?ってすっごいすっごい気になった。
私の住んでるとこは、日本人なのに日本語もちゃんと通じないおじさんおばさんが多すぎる底辺だから。
とくにうちの職場のおばさんたちは、言語も常識もローカルすぎて、私たち若いバイトとぜんぜん異文化すぎるし。
それで、話は高円宮妃久子さままで飛んでから、またアンナに戻ってきた。
アンナは夫より不倫とって、それで子供捨てたんだって。
そんな女なのに、おばーちゃんはアンナに同情的だった。
おじーちゃんのほーも、「アンナもあれでいろいろ悩んだんだよ」って言ってた。
でも、よく聞いたら、捨てた子供って、アンナと不倫相手のブロンスキーの子供だった。
それをアンナの夫が実子としてひきとったんだって。
ロシアの婚外子の話なのかなー、って思った。
この前、日本で婚外子の相続差別の最高裁判決のことがニュースになったばかりだから。
「アンナもあーするしかなかったのね」
って、おばーちゃんは言ってて、おじーちゃんも、
「あれが子供には一番なんだよ」
って言った。
フツーならみんな、不倫相手と子供作って、その子を夫に押しつけて不倫貫いた女をすっごい叩くと思うのに、この老夫婦ってすごい、って思った。
アンナって人がはてなでブログ日記書いてて、その話のとーりのこと書いてたら、はてなブックマークがすごかったと思う。
共感する人と、アンナを叩く人と、すごい勢いでわかれて、叩く人はすっごい叩きまくったと思う。
アンナって人が、ロシアでブログやフェイスブックしてないのかなー、って思った。
ぜったい、そーいう話、ネットで書けないよねー、って思ったから、老夫婦の話ってネットでしたら危険、って思った。
そしたら、おばーちゃんが、
「そーね。子供もブロンスキーなんかより、カレーニンの子ってことのほーが幸せね。子供が幸せなら、それもひとつの正解よね」
って言った。
それで、やっと私もわかった。
「アンナ」って、「アンナ・カレーニナ」のアンナだった。
- 作者: トルストイ,木村浩
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おばーちゃんとおじーちゃんの知り合いのロシア人じゃなかった。
アンナ・カレーニナならフェイスブックはやってないし。
でも、すっごい夢中になってふたりはアンナのこと話してた。
ゴハン食べてるあいだ、ずっとふたりとも、熱心にアンナの話して、それでアンナの不倫の子がカレーニンにひきとられたことにふたりで納得して、
「折角だからホットコーヒー飲んでいこーか。ドリンクバーっていう料金に入ってんだろー。それなら、わたしたちももー1杯、コーヒーを飲んでいこーよ」
って、おじーちゃんがコーヒー取りにいった。
それから、ふたりで黙ってコーヒー飲んで、
「あの料金でほんとーに2杯飲んでいーんですね」
って、おばーちゃんがおじーちゃんに嬉しそーに言って、それでふたりは帰ってった。
自分のこと「わたし」っていう上品なおじーちゃん。
そのおじーちゃんに、すごい知的な話を優しい口調で熱心に話してたおばーちゃん。
なんか、穂村さんとサクマさんの老後みたい、って思った。
あの二人は、こんな知的な会話を近所の噂話みたいにするステキな夫婦になるんだろーな、って思った。
《生活》といううすのろ乗り越えてる夫婦を、リアルで見た、って感じ。
あのおばーちゃんとおじーちゃんの夫婦は、いつもあんなふーに、アンナとかいろんな文学や歴史に出てくる人たちのことで、いろいろ楽しそーに話してたのかなー。
そーいう夫婦、って、なりたい、と思ってなれるもんじゃないと思う。
知性のバランスがとれてないと、なれないし。
「幸せな夫婦」になるって、うすのろ乗り越える奇蹟、なのかな。
盗み聞きおわってから、私もコーヒーいれてきて、それで少しは村上春樹のおじさん読んで帰ろーと思った。
でも、春樹のおじさんの書いてることは、私にはぜんぜんわかんなかった。
私がぜんぜん知らない音楽家のこと、「だれでも知ってるはずですよね」って前提で、春樹のおじさん話しかけてきてるみたいな感じ。
私は春樹のおじさんの語りに、一緒に夢中になって、
「うん、そーだよね」
とか、
「でも、あの頃はねー」
って、話はできない。
私と春樹のおじさんの間には奇蹟は起きない。
穂村さんとの間にも、奇蹟は起きないし。
頭がよくなりたい、って思った。
私の憧れる奇蹟は、私の知能、越えてる。
バカなまんまだと、おバカ星しか自分に瞬かない。
そんなこと思って、帰ってきたー。